捕えて、囚われて






少しだけ時間を戻そう。


奥州では祭りが催されると言う事で、本日も政宗は仕事仕事に追われていた。
筆を走らせる傍ら、政宗は幸村と同様にあの時放った自分の言葉を脳内で反復させていた。嫌いではないと。
確かに嫌いなわけではない。

「殿、如何なさいました?」

今まで止まる事無く進んでいた筆が止まり、思考の渦へと身を投じていた政宗。
不審に思った片倉は静かに語りかければ沈んだ思考がすぐに浮び上がってきた。

「・・・・いや、なんでもない。
 小十郎、いつもの持ってこい。」

「それでは、城下まで買いに行ってまいります。」

政宗が言えば立ち上がり、片倉はそのまま部屋を後にした。
片倉の居なくなった部屋で暫くの間は大人しく仕事を進めていたのだが突然。
筆を置いて後ろへとごろりと寝転がり、目を瞑る。

「嫌いじゃない・・・か。」

もう一度。今度は口にして見れば確かにその気持ちは本物であり。
最初はただの好奇心と興味で。話してみればどこまでも高慢で自分をもどこか見下しているような態度。
逆にそれが気に入ったと言えばそれも嘘ではない。
戯れにけしかけてやれば、怒り狂うどころか挑みかかってきた。
女のように気遣う事は、何一つ無い。それにあそこまで堂々とした態度を取るくらいなのだから経験もある物かと。
けれどそれは違っていて。
初めてだと。そう言っていたことに少なからず驚きはした。
それでも所々の生意気な態度はまったく変わる事は無く、それを捻じ伏せて黙らせたいと。

黙る事は無かったがそれでも、最後には生意気な態度はそのままに一時でも自分に屈したのだと思えば。
なんとも言いがたい高揚感に似たそれは内側からザワリと脳内へと競り上がって。


そこまで考えて、政宗は寝かせた体を起こしただ一つ。深い笑みを刻んだ。

「本当に、とんだ奴に捕まったもんだ。」

自分へ呆れたような口調をしつつも、その顔はどこまでも楽しげで。
まるで次に会った時はどうしてやろうかなどと、悪戯を考えている子供のようにも見て取れた。


















森の中での野党との一戦を終えた幸村は刀を仕舞い、辺りを軽く見渡した。
殺り残した者は居ないか確認すると、静かに近くの茂みまで歩み寄る。

「もう、出てきても大丈夫だぞ。」

幸村の言葉に数秒ほど反応が遅れ、草が揺れた。
そこから顔を出したのはまだ10に満たないであろう子供が一人。幸村を見る顔には怯えは見えない。

「何故このような所に?」

それでも怖がらないよう、優しく問いながら視線を子供に合わせる。
幸村の仕草に安心したのか子供は少しずつだが、ゆっくりと語りだした。

「昼の、祭りを見てたら・・・・そこの人たち見かけて・・・・なんとなく気になって後追いかけたんだ・・そしたら・・。」

なんとなく、気になって追いかけてみたら。その男たちはとんでもない事をやらかそうとしていた。
その計画を聞いてしまったであろう子供は身を隠していたのだが、出るタイミングを逃していたのだろう。

「なるほどな。
 これからは好奇心でもその様な危険な事はするな。」

今回のように、誰かが助けてくれると言う事が、そうそうにある訳ではないのだ。
だからこその注意。子供は素直に言葉を返した。
その様子に安堵した幸村は、まだこの辺りに野党の類が居るかも知れないと子供を家まで送る事に。

暫く歩いた所に見えたのは小さい団子屋。どうもここが子供の家らしい。
中へと背中を押されながら入るとそこには子供の母親が立っていた。

「あら、お帰りなさい。
 その人はどなた?」

「母ちゃん、この人俺のこと助けてくれたんだ・・!」

子供の突然の言葉に驚く母親はただ幸村と子供を見比べていた。
その様子に苦笑を漏らしながらも、幸村は事の経緯をわかり易く簡潔に述べる。
一通り話した後、母親はただただお礼を言いながら頭を下げるばかりである。
幸村も母親の様子に、そんなに頭を下げないで欲しいと戸惑うばかり。
お礼をしたいという母親だが、生憎裕福な家ではない。団子一つで何とかもたせている、という状態で。

「本当に、こんなものしかお礼として差し上げられず・・・・。」

「いえ、お気になさらずとも・・・・それに俺は団子が好きですから。」

何よりの礼だと笑顔で答えれば、母親もどこか安堵した顔を覗かせる。
結局そこで暫く休憩することにして、腰を落ち着けた幸村は礼に貰った団子を早速頂く事にした。
暫くそこに座り茶を啜りならが団子を食べていた幸村だったが不意に見覚えのある気配を感じる。
出入り口へと背を向けて座っていた幸村はそちらへ向こうとしたのだが。

「こんにちわ。 おかみさん、いつものを頂きたいのですが・・・・。」

「これはこれは・・・片倉様・・・少々お待ちください。」

鼓膜に響いたのは聞き覚えのある声と聞きなれた名前。
片倉小十郎である。
何故こんな所にとか、そんな事を思う前にただ見つからないようになるべく平常を保つ事に専念した。
ここで見つかっては元も子もない。それに同盟を結んでいるわけでも敵対しているわけでもなく。
だからこそ、ここに一人の武将がいるのは不自然なのだ。

「こちらですね。」

「ああ、ありがとう。それではまた来ます。」

「いつもありがとうございます。」

目的の物を受け取ると片倉はそのまま外へと出る。
母親は片倉の姿が見えなくなると、いつものように接客をはじめて店の中を忙しくまわった。
幸村は、暫く外に感じていた片倉の気配が遠ざかるのを待ち団子を胃に詰め込んで席を立った。

「それでは、俺はこれで。」

「お侍様、もう少しゆっくりしていけばよろしいのに・・・・。」

「いや、もう行かねば。」

名残惜しそうに引きとめようとする母親に丁寧に断って幸村は店の外へと出た。
表通りを歩けば他の伊達の家臣に見つかるかもしれない。そう考えた幸村はすぐ横の道へと入り裏道を通る事に。
道を何本か曲がった時、突然背後に気配を感じた。
しかし振り返る事は敵わず。

「このような所で、何をなさっておいでなのでしょうか?」

笑顔で語りかけるその声音は、敵意とまで行かなくとも少なからず歓迎はされていない事が窺える。
振り返る事はせず、突然現れた片倉へ幸村は背を向けたまま答えた。

「団子を食べにきた、ではさすがに通用しそうにありませんね。」

「わざわざ国境まで越えて来られるほど、ここの食物を気に入っていただけたのなら嬉しいのですが・・・・
 しかしそんな穏やかに済ませられるほどのことでもありますまい?」

互いに相手を窺う空気が張り詰めている。かといって、ここで抜刀する事も出来ない。
ここは人気が無いにしても民家が連なる場所。下手な争い事は避けたいのは二人とも同じであった。

「大人しく、城へときていただけるとありがたいのですが・・・・。」

「・・・・・わかりました、行きましょう。」

結局こうなるのかと、片倉に気付かれぬ程度に小さく溜息を漏らした。



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