捕えて、囚われて






幸村は自分の仕事を終えたというのに今だ机に向かったまま。
その周りにはやたらと書状やらなんやらが転がっている。

「兄上め・・・この俺にいつも仕事を押し付けて・・・・。」

文句は言うものの、それでも受け取ってしまうのは断れないからである。
断れば、なにやら恐ろしい事が自分の身に襲い掛かりそうな。
周りからただ見れば、優しい笑みを常に絶やさず浮かべ周囲の者達への接し方も物腰柔らかい。
だが幸村はその白い雰囲気の内側に、何か黒い気配も掴み取れるような気がして。
そのせいかやたらと逆らう事が出来ないのだ。
時に人は怒りよりも笑顔の方がより深く、相手へと恐怖を埋め込む事ができる。

筆を走らせて、なんとか持ち込まれた仕事を終えた幸村はひとつ伸びをすると。
気分を変えるために部屋の外へと出て行く。
廊下を歩いて暫く。幸村に仕事の大半を押し付け、暇になったのだろう。
端に座り庭を眺める信幸の姿があった。

「兄上。」

「幸村、どうした?」

微笑みながら振り返る兄の姿を見た幸村は、喉元まででかかった文句をグッと飲み込む。
言えたらどんなに楽かと思いながらも、それを内側で留めさせ幸村はそのまま信幸の隣に座り同様に庭を眺める。
視線の先には去年信幸が種を植えた花達が見事に咲き誇っている。

「綺麗に咲きましたね、兄上。」

「ああ、そうだな。」

二人の会話はそこで途切れ、暫くの間互いにその花を見つめていた。
風が流れ、花を揺らす。
片房だけ長くざんばらに伸ばしている幸村の髪も花たちと共に踊る。

「幸村、最近機嫌が悪いようだが・・何かあったのか?」

「・・・・・なにも、ありません。」

「お前は私に嘘をつくときだけ眼を見ようとしないな。」

言われグッと息を飲む。
居心地の悪さを感じたがそこで立ち上がって去ることなど出来なくて。
結局の所差し障り無い所を話す羽目となってしまった。

「先日、伊達政宗公に会って参りました。」

「確か、その時からだったな、お前が機嫌を崩しているのは。」

なんでもお見通しのような兄の言動にウッと再び息を詰まらせる。
つくづく、兄には逆らえないし敵う訳が無いと本能的に再確認する幸村は、気を取り直して話し始めた。

「政宗公は、俺と似た性格でありました。それゆえ少々ぶつかってきたのです。」

少々、で終わらせられるほど軽いものではないのだが。
全部話すわけにも行かないため差し障り無く、それでいて信幸も納得するであろう言い回しを選ぶ幸村。

「それがお前の機嫌の悪い原因か・・・?」

「・・・いえ、ただ最後に言われた言葉が・・・。」



--嫌いではない。

いっそ突き放して。いっそ蔑んで。見下して。
一夜限りの。それこそただの性欲処理として、気紛れで抱いてくれればここまで悩まなかっただろう。
別に、男に抱かれたなどという事でいちいち気にしているほど細い性格ではない。
ただ最後に放たれた言葉が耳に。脳裏に焼き付いて。こびり付いていくら掻き消そうとしても消えない。
日が経つに連れて、それはどんどん内側へと侵食していく。
その蝕む速度は酷く早く、気付けばただそれはやり場の無い苛立ちへと変化していった。

妙な、優しさを一瞬でも垣間見せられる事で、酷く心が揺れる自分に心底驚いたが。

不思議とその揺らぎを不快とまで思わない自分自身に、また苛立ちが募る。



「幸村。」

グルグルと。思考の渦に飲み込まれていた幸村は信幸の声に浮上する。
返事はせずに顔だけそちらへ向ければ変わらない微笑。
昔から、その微笑を嫌悪した事はなくて。今のように心が掻き乱されている時ほど、その笑みは安心させてくれるのだ。

「お前は、相手がどのような者なのかまだそれを推し量れていない。
 だから判断するに出来ず、考えてしまうのだろう。
 ならその悩みを解決するには相手を知ることだ。」

幸村の返事は期待していないのか、言うだけ言って信幸は立ち上がり自室へと向い歩き出した。
向けられた言葉を心で反復して。



「・・・この俺をここまで悩ますとは・・・おのれ伊達政宗。」

いい度胸をしていると。
どこか逆恨みにも近いような態度で幸村は立ち上がり部屋へと向った。











旅人風な出で立ちで目立たぬように。幸村は影として小助を置いて馬を駆り奥州までやってきた。
いつまでも、ウジウジとしているのは性に合わないし癪に触ると。
それにもっと客観的な視点から政宗の事をしろうとここまで来た。
同時にあの言葉の意味も、それによってわかるかもしれない。

しかし政宗に会いに来たわけではなく。ただ町をぶらついて、民から話を色々聞こうと視点を変えてみる事に。
前のように、会ってしまえば互いにぶつかって意地を張って。結局は済し崩しでまた同じ状況となってしまうのは自分の性格を考えれば火を見るより明らか。
ただ敵国、というほど互いにいがみ合っているわけでも。同盟、と言えるような約は交わしていない。
なので見つかれば、ただではすまないだろうと飽く迄目立たぬよう行動する事にした幸村は、とりあえず人込みに紛れ歩く。
幸いその日は何か祭りがあるのだろう。活気溢れている。

「祭り、か・・・・夜まで待てばそれなりに楽しめそうだ。」

それに無理に留守を任せた小助の機嫌取りの土産も買っていかねばならない。
自分の影なのだが、性格の程ははるかに子供で。一度拗ねだすとなかなか臍を曲げて直してくれないので十勇士も幸村も少々困ってはいる。
だがそこが可愛いと。思えてしまうのは小助が持ちえる雰囲気なのだろう。それは人として誰もが持っているというわけではない。

「俺ももう少し、素直ならば少しは違ったのだろうな。」

無理な話だろうがと、わかっては居るものの口外にはせず。


暫く歩いて後、いい加減町の人込みに疲れてきた幸村は適当な場所で曲がり徐々に寂れたほうへと向っていった。
さほど大きくは無い林。しかし生える木々はどれも大きく鬱蒼と葉を茂らせそこはやや暗い。
そこに不穏な空気を感じた幸村は、正直厄介ごとに首を突っ込むわけにはいかないと思うが、それでもほおって置く訳にも行かないだろうと様子を窺う。
到底健全な町民とは言い難い男が6人近く。固まって話し合っている。

「いいか、祭りの喧騒に紛れて行き交う奴らから良いと思う奴は掻っ攫っちまえ。
 あと金目のものだな・・・それと・・・・」

そこまで聞いた幸村は不意に足元に転がっていた枝を踏んだ。
パキリと乾いた音が高く響く。
驚き振り返る男達の視線を一気に浴びた幸村は、不快気な表情を惜しげなく見せた。

「なんだ、てめぇ・・・・?」

「おいおい、もしかして今の話聞いてたんじゃねぇだろうな?」

「確認したって無意味だよ、どうせここで殺られるんだからな。」

下品な笑いを浮かべながら思い思いに好き勝手吐き出す男たちに幸村はただ平然と立っているだけである。
その様子を見た男達は恐怖ですくんでいるものと勘違いしたのか。
浮かべた笑いを絶やさず、一番手前の男が近づいていった。

「お、こいついっちょ前に刀なんか差してるぜ。」

手を伸ばし、その刀を奪おうとしたのだが。

ドスッという音が聞こえた次には伸ばされたであろう男の手が地面に落ちていた。
それを見て、一瞬固まったあとに響いたのは男の悲鳴と周りの男達の息を飲んだかのような音。
しかし状況を確認したあとには憤怒する声が響く。

「て、てめぇ!!」

腕を切り落された男は、痛みに震えながらもただ怒りに任せてその腰の物を抜き、幸村へと斬りかかった。
だがそれを難なく避けると男へと刀を突き立てる。
絶命とまではいかなくとも、放って置いてもいずれは息絶えるであろう傷を負わせた幸村は。
そのまま他の男たちへと向き直り刀を改めて構えた。

「俺は祭りが好きでね。」

にこりと。状況が状況なだけに、逆にその笑顔が恐ろしい。
男達の様子など気にもかけず幸村は更に言葉を続けた。

「本当ならこんな目立つ事はしたくは無いのだが好きな事を潰す輩は放っておく訳にも行くまい。
 それにお前達のような輩は嫌いだからな。」

充分理由には事足りるだろう。
言い放ち、襲い掛かる男達の攻撃を避け、いなし。
森の中に響くのは肉を斬る音と。男達の悲鳴と。
その音が止んだあとには無気味なほどの静けさだけが残った。



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