Anarchism -アナーキズム-


- 04 序章 -



その日は少しだけ雲が多く、風の強い日だった。
ガタガタと壁に立てかけられたトタンや、用途が不明な板などは音を立てて揺れる。
台風でも来れば倒壊でもしてしまうかもしれないような佇まい。半分以上は空が拝めるような穴だらけの屋根。崩れた壁。
中条と稜々谷は黒服の男たちに囲まれていた。

「ザッと見て十人って所? ずいぶんな歓迎ぶりね」

鼻で笑いながら中条は吐き捨てるように言う。男たちはその言葉に反応を返さず、武器を手に微動だにしない。
殺し屋としてはかなり場数を踏んでいるプロだろう。それほどのものをここまで雇うとは。

「相手はかなり、私達が邪魔なようね」

「まぁ、そうでしょうよ」

腰のホルダーからサバイバルナイフを取り出し中条は構えた。
その気配に周りの空気は更に張り詰める。稜々谷もナイフを数本持ち身構える。
男たちは空気の変化を読み、暫くは動かないでいたが一人が銃口を中条へ向け引き金を引く。
稜々谷のナイフはそれよりも早く、男の手を切りつけた。銃が地面に落ちた瞬間、中条が相手の懐に入りこみ下から首を狙う。
その攻防が終わる前に他の男たちも銃を構えたが、三人の男たちが次々と手から銃を落とし、次には絶命。

「・・・スナイパーか・・ッ」

「ご名答」

「 ッ!!」

狙撃者の存在に気付いた男は、懐へ距離を縮めてきた中条の手によってその命を落す。
その後ろでは、稜々谷の背後に迫った男が覆い被さるように襲い掛かってきたが、振り向きざまに蹴りを入れよろめいた所にスナイパーの一発が放たれた。
中条を背後から狙う男も、稜々谷のナイフの餌食となる。
二人で処理しきれない者はスナイパーに任せ、次々と殺し屋は倒れていく。
一連の流れは実に無駄がなく三十分もしない内に殺し屋は一人を残し他は全員、地面に倒れ臥す事になった。
稜々谷は隙間から流れてくる風で乱れた髪を正す。

「零の知り合いもなかなかの腕ね」

スナイパーが居るであろう方へ視線を向けた中条は静かに笑む。
そんな事を言われているとは知らないスナイパーの男は、依頼は果たしたとスコープから目を離そうとしたときである。
何か工場の隅に光るものが見えた。すぐにそこへ照準を合わせスコープを覗き見ると、一人の少女が走っていくのが見える。
それも隣の工場の物陰に入ってしまいほんの数秒のものだったが。
一瞬姿が見えたとき、撃とうとも思った。しかしそれは依頼に入らない。依頼では無い以上、無駄な事はしないのが彼の主義である。
そこからすぐ離れ中条達の元へと行く。報酬はその場での受け取りとも決めているからだ。

「・・・金」

「ああ、そうだったわね」

受取るとさっさとその場から離れようと背を向け歩き出した。
五歩。歩いていた男はそこで突然立ち止まる。それでも大股で歩く為かそれなりの距離があった。
突然の男の異変に不思議に思った中条は、何だと言いたげな顔を男の背に向ける。

「・・・少女、一人」

「何?」

片言で告げられた言葉は二人にとって、あまりにも不可解だった。
少女がどうしたと言うのか。聞き返すも男はそれ以上は何も言わず、今度こそその場を去っていく。
呼び止めようとも思ったがすぐにそれは無駄だと判断し思いとどまる。
維月から男は気難しい性格だと聞いていたのもあるが、あまり関わりたくない人種でもあったからだ。
それでも先ほどの言葉には何か意味があるのだろうと、頭の端に留めておく事にして二人は改めて生かしておいた一人へと足を向ける。

「さて、アンタには聞きたいことがあるんだけど」

「・・・何を聞かれようとも、何も答えるつもりは無い」

「だろうね」

当たり前だろう。それがプロと言うものだ。簡単な脅しで口を割るようでは長生きなど出来はしない。
これは何をしても無駄だろう。雇った相手の情報など話すこともないだろうと予想できていたのか、中条は気にはしていないようだった。
それ以上なにも言わず無言のまま、ナイフと男へと突き立てた。

「泉、早く戻りましょう。維月が今頃朝芭からの情報を持って帰ってきているでしょうから」

二人は転がった死体を一瞥もせずそこからすぐに離れ、外に止めておいた車へと乗り込みアジトへと戻っていく。
走り出した車を離れた廃工場の屋根の上から、双眼鏡でのぞき見る少女が一人。
それは先ほどスナイパーの男がスコープ越しに見た少女。年はまだ15ぐらいと言った容貌だ。
双眼鏡から目を離し、その口元には無邪気な中の不敵さを含めた笑みを浮かべている。

「みーつけた」

素早くその場から離れるその後姿。
華奢な体には少々似つかわしくないボウガンが腰に装着されていた。






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