Anarchism -アナーキズム-


- 01 紅い花編 -



二番地区の端に位置するとある花屋。
昼近くの客も疎らな時間に稜々谷はその店へと足を運んだ。
それなりの広さのある大型チェーン店。品揃えも豊富で季節に合わせた花が色とりどりに咲いている。
少し奥へ進んだ所の鉢植えコーナーに店員が一人、他の客がバラバラに置いていった品を並べ直していた。
声をかけ、振り返った瞬間。その店員の顔を見た稜々谷は口元を引きつらせたはしたが後退ってしまうのはギリギリの所で押さえ込むことができた。
よく見れば顔だけではなく、全体的に非の打ち所があり過ぎる格好をしている。
一つに纏められた髪はボサボサで櫛を通している形跡が無い。目の下にはくっきりとしたクマがありその目には生気が感じられない。
着ているトレーナーはどこかボロボロで、着古した感がある。
接客業としてどうかと思ったがそれをおくびにも出さずに、鉢植えのいい花は無いかと聞けば多少の間を置いて案内された。

「・・・こちらなんて如何でしょうか?」

「あ、ああ、良いわね。じゃあこれでお願いします」

「・・・・・・少々、お待ち下さい・・・」

花を持っていってしまった店員の背中を見ながら、あまりのインパクトの強さに思わず溜息が漏れてしまう。
暫く待てば袋に入れた花を稜々谷へ渡し、その場で支払いを済ませ店を出ようとすると、突然背後で何かが割れた音が聞こえた。
振り返れば先ほどの店員が商品の鉢を落し割ってしまったようだ。
呆れたような目線を向けながら、稜々谷はそれ以上そこに留まる事をせず車に乗るとアジトへと向かった。

「おかえり榎南。どうだった?」

「なかなか綺麗な花を買うことができたわ」

中条の問いに答えながら袋から花を取り出すと、そのままで窓に置いた。
殺風景な部屋も花一つあれば少しは違うだろうが、生憎二人の元々の目的は違う所にある。
葉を軽くかき分けながら花の根元を見れば、くしゃくしゃに丸めた紙が一枚。取り出して土を払うと稜々谷は迷う事なくそれを広げた。
どうやら他の仲間からのメッセージだろう。

「で、朝芭からはなんだって?」

維月の問いに答える事はなく、暫し書かれた文を目で追っていた稜々谷の口元がニヤリと嫌な形に笑みを描いた。
上げた視線は真っ直ぐに維月へと向けられ、予想していなかった稜々谷からの視線と笑みに思わずビクリと体を震わせる。
稜々谷の意味深な行動に中条も気になったのか、一体なんと書いてあるのかと聞いてきた。

「近々、木下の親会社がパーティーを催すみたいね」

「へえ、よくある会社設立何周年記念とか、そんな感じの?」

「まあそんなところね。で、前に貴女が持ち帰った朝芭からの情報からすると、親会社も当然黒。
 これは潜入して調べない手は無いわね」

言いながらも維月に向けられた視線と笑みは変わることがなく、それを不気味に思いつつも怯む事をせず同意する。
遠方で様々な情報をかき集めている仲間の一人、朝芭。
彼女からの情報からすれば木下は実際は発注された武器を裏へ売り払うのが主な仕事だったらしい。
それを指示し、発注を管理していたのはその親会社であるという情報。
こうやって一本の糸から手繰り寄せていけば、いつかはその糸の端へとたどり着くだろう。
地道だが、これが一番無駄の無いやり方である。

「このパーティーに一人紛れ込んで社長の注意をそらしておけば、他の仲間が裏で潜入してデータを取ることは簡単よ」

「まあそうだけど・・・。なあ稜々谷。さっきからあんたの視線がすごい気になるんだけど・・・何?」

触れていいものか否か。
ひどく曖昧でなにやら自分にとっては不利益になる事しか待っていなさそうだったが、聞かずしていられるわけもない。
きっと維月から問いかけなければいつまでもその視線は外されることは無かっただろう。
維月の問いに一瞬、稜々谷の目が光ったような気がした。

「どうもね、ここの社長。維月みたいな体系が好みみたいなのよね」

「・・・え?」

一人、ドレスに身を包んで社長の注意をそらす「女役」が必要である。
その役目はいつもなら稜々谷。若しくは中条が行うのだが、今回は維月に白羽の矢が立ったらしい。
もちろん言われた瞬間呆けた維月も、意味を理解すれば全力で無理だと否定した。
ああだこうだと女役には向いていないと、とことんまで自分を突き落とす発言を繰り返すが、稜々谷に聞く耳は無いらしい。

「だって私達の中で一番貧にゅ・・・スレンダーなのは維月だけじゃない」

「今貧乳って言ったかコラァァァ! これでもBはあるんだぞ! 舐めんなチクショー!」

「どうせ下からギリギリでしょう?」

聞き捨てならない稜々谷の発言に掴みかかる勢いで反論した維月だが、中条の横からのツッコミに思わず言い淀んでしまう。
反論できようも無い事実を突き立てられ、悔しそうに唇を噛んだ。
その行動で、もう諦めるしかないという維月の意志を感じ取った二人からは、何とも言えない生暖かい眼差しを向けられほんの少しだけ涙した。

「胸がでかいのが女の全てじゃないや・・・」

「まあまあ、泣かないの」

慰めになっているようで、心の傷を抉る事しかしない二人の言動と行動に一瞬殺意すら沸いた維月だった。






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