Anarchism -アナーキズム-


- 03 序章 -



『――昨夜未明、木下製薬の社長、木下義和社長が何者かに殺害された事件において
 警備員の男性二名も何者かに殺害されていた事で計画的犯行であると・・・』

朝の爽やかさとは裏腹に、生々しい事件内容がアジト内に響く。
稜々谷はそれをクッキーを食べながら聞き、視線を維月へと向けた。

「で、結局データも消されていたわけ?」

「ああ。十階へ向かうのにまた通風孔使ったけど、他の奴が使った形跡はなかった。
 上から様子を窺ったら社長は物言わぬ屍。欲しかったデータも消されてたよ」

維月はその時現場から持ち帰った木下のノートパソコンの中にある、他のデータの解析などを進めながら答える。
だがこれといって必要となるデータは一つもなく、ただ殺しの依頼をした履歴ぐらいしか目ぼしい物は見つかっていない。

「大方上の連中が殺したか、別の誰からか依頼があって殺されたかって所?
 アンタ、一日で一体罪状いくつ増えた?」

「冗談。ついても不法侵入と窃盗ぐらいだ。かわいいもんだ」

「それでもけっこうなものだと思うけど」

稜々谷の食べているクッキーを横から盗み食いをしながら、中条は椅子へと座りニュースへと目を向けた。
まだ木下殺害のニュースは流れいる。真新しい事件ほど、何度となく繰り返し流されるものは無い。
今までの会話の横で流れた内容は、その時の会社の様子と、防犯カメラには何も映っていないと言う事。
だがあくまでメディアに流す情報だ。どれぐらい規制され操作されているのか分かったものじゃない。

「社長室前の防犯カメラは普通に作動していた」

「木下を殺した奴が、ついでにカメラのデータを書き換えたか。他のルートを使ったのか。
 そうなると、通風孔以外なら窓も考えられる。仲間がいたとも考えられるわね」

「武器はボウガンだ。かなり至近距離から放たれてた。ご丁寧に、置いてってくれてたよ」

パソコンの横に置かれたボウガンの矢が一本。血は拭っていないために、微かに赤黒い。
中条が木下を殺した者について考えを巡らせ始めた横で、維月はパソコンに入りっぱなしのディスクのデータを開いた。
ずっと気にかかっていたがデータを破壊するようなものであった場合を考え、最後に回していたのだ。
ディスク内のイメージを開くと何処かの廃工場内の写真が一枚。ここからさほど離れていない場所である。
二人を呼び、その画像を見るが特に気になる点など何もない。

「運び屋としての取引場所だったか、木下を殺った奴が仕掛けた罠か」

「どちらにしても、行くしかないわね」

中条の判断に二人は頷く。
廃工場へ向かうのは稜々谷と中条の二人。維月へは別に頼む事があると指示を出した。
準備を含めれば、廃工場へ向かうのは五日後である。











高層ビルの最上階とも言えるような一室。そこから眺める景色はなんとも言いようがないほど、心地の良いものだ。
そんな景色を背にして、デスクへ向かい書類へと目を通しているのはこの会社の社長。
ひたすらパソコンを打ち込みながら、書類を何度も確認し印を押す。そんな一連の動作を止めたのは秘書からの呼びかけとノック音。
静かに開いた扉から入ってきたのは秘書ではなく、一人の女性。黒く長い髪をサラリとなびかせながらデスクの前まで歩んでくる。

「相変わらず、お忙しそうですね」

「ああ、まだまだやる事は山積だ。だから用件ならば短めにお願いするよ」

書類から外した視線も、その台詞を言い終えた時にはまた戻っていた。
さして気にする事もなく、女はゆっくりと口を開く。

「彼の生死はニュースでお聞きのとおりだと思います。
 あと、周りを飛び交う邪魔なアナーキストどもは、後日まとめて処理します」

「そうか」

報告を終え、女はそのまま踵を返す。
その後姿を見もせずに男は一言だけ言葉を投げかけた。

「君が、有能な殺し屋で本当に助かったよ」

ドアを閉める瞬間の言葉。それが聞こえていたのかいないのかは、本人しか判らない。
男は社長としての顔を崩さずに仕事を続けた。そこへ一本の電話が入る。

「・・・ああ、私だ。 そうか、繋いでくれ」

数多ある部署の一つからの内線。
待っている間も書類に走らせる視線は外さない男は、相手が出たと同時に用件を聞く。
今は一秒足りと無駄には出来ないような様子だ。

「・・その件に関しては、君の好きなようにやってくれて構わん。
 ああ、実験体が死のうが構わんさ。代わりはいくらでも居るのだからな」

受話器を片手にパソコン画面へ視線を移し、一つのウィンドウを先頭へ持ってくる。スクロールして下の方にある欄へ、何かを打ち込んだ。
何かを読み込むウィンドウが開くが、読み込み終わった頃には内線はすでに切れていた。
すぐに男は別の部署への内線を繋げる。すぐに目的の相手は出たのだろう、「私だ」と言った次には用件を話し始める。

「・・・君の所で余っているだろう。彼のところへ、資料用になるものを2,3送ってやってくれ」

受話器の向こうから小さく、女性の声で「わかりました」といった言葉が聞こえた。
男は満足そうに笑みを浮かべると内線を切り、頬杖をつく。パソコンの画面を見つめ、より一層笑みを深くさせたのが不気味に感じる。
背後では、明るい太陽がもうすぐ地面へと沈んでいく時だった。






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