Anarchism -アナーキズム-


- 01 序章 -



ラスティア五番地区の奥に位置するそこは、今は廃屋が多く立ち並ぶ荒廃した場所。まるで裏の人間の吹き黙りのような所だ。
何時しかそこはジャンク街とも呼ばれるようになり、まっとうな人間ならばまず近づかないであろう街。
たまに銃の乱射するような音が聞こえたり、人の断末魔が聞こえたりなど。人を近づけさせないような噂ばかりが横行している。
人気がないわけでは無いが、ここにいる者達のほとんどは表には出たがらない、出られないような裏の事情があるような者達ばかり。
だからこそ周りの人間に対しても詮索しないし、姿を見てもよほどの縁がないかぎり、関わろうともしないだろう。隠れるにはもってこいの場所だ。

維月と稜々谷はそんなジャンク街の中を迷いなく歩いていた。彼女たちもまた裏の世界の人間。
買った恨みなど数知れず。何時如何なる時、相手がどういった手で襲い掛かってくるのかも分からないのが日常だ。
ジャンク街の奥の方へと向かった二人の視線の先には、少し整えられた一軒の家。中に入れば微かなコーヒーの香りとキーボードを打つ音。
維月は目配せすらもせず、真っ直ぐ向かったのはシャワールーム。
帰ってきた二人に「おかえり」と言ったのはキッチンのテーブルを占領してパソコンを操作している女。
仲間の中条である。
戦闘能力はあるが、その主は他の仲間が集めた情報を纏め解析し、それを元に作戦を立てる位置にいる。
ただいまと答えながらその後ろを通り過ぎた稜々谷は、温かいコーヒーを炒れ始めた。
暫くはコーヒーを入れる音と、キーボードを打つ音。シャワールームからの水音だけが響いた。

「はい、泉。」

「ありがとう。で、どうだった?」

稜々谷が差し出したコーヒーカップを受取り、唇を湿らす程度に口にした。
カップを置き、またすぐにキーボードを打ち始める。画面には長い文が羅列し、いくつものウィンドウが開いている。
暫くそれを見ていた稜々谷はコーヒーをゆっくりと飲むと、一息ついて口を開いた。

「見事に挑発に乗って、殺し屋を三人も雇ってくれたわ。
 今頃、殺し屋からの報せがこなくて小指の爪でも噛んでるんじゃないかしら?」

想像して面白かったのか、クスクスと笑い出す。
懐から一枚のCD-Rを取り出して中条へと渡し、椅子を引いて座ってまたコーヒーをゆっくりと味わい始めた。

「ああいった神経質な男は、揺さぶりに弱い。アンタのおかげでこの男の背後が分かればいいんだけど」

CD-Rを差し込みすぐに読み込みを始める。
新しいウィンドウが開き、そこにいくつもの文字が並び暫く経ちデータが表示された。
様々な薬品の名前と発注数がかなりの量出てきた。社外秘のデータをスクロールしながら中条は目を通していく。
隣では稜々谷がテレビをつける気配がしたが、そちらにはまったく感心を向けない。静かな部屋にニュースキャスターの声が静かに響く。

『―― 先日起こった12番地区のブティック店員3名が死亡した事件で使用された武器は
 その後の調べにより45口径の銃が使用されたと判明し、今もなお、犯人の行方を追っております。
 今後は評議会より派遣された治安維持隊も、捜査に加わるとの事です。
 続きまして・・・ 』

「ここ最近、表側もずいぶんと派手にやってるわね。でも本当に木下が裏の武器を表へ運んだのかしら?」

テレビに映る文字や映像を目で追いながら稜々谷は中条へ問いかけた。
後ろではキーを打つ音が鳴り止まずに、言葉が返ってきたのは少し間が空いてからである。

「木下が裏の武器を表へ運んでいたのは確か。
 正確に言えば、あの男は言わば下請けのようなものね。これを見れば分かるわ。」

中条のパソコンの画面にフルウィンドウで表示されたのは、稜々谷が持ってきたデータ。
どれも舌を噛んでしまいそうなカナ文字の、薬品名が表示されている。その隣には発注数と発注先。
しかしどれもこれも3千から4千といった、あまりにも大きな数ばかりだ。

「これだと、箱でどれくらいの量になるのかしら?
 相当大きな箱を使うようだと思うけど」

「つまり実際の発注された薬品の数は少量で、後の空いたスペース全部武器だったって事?」

画面上の数字をざっと見ながら稜々谷は疑問を口にする。
それに中条は、肩を竦めながら少しだけ呆れた表情を浮かべた。

「それでもこれだけ大きい数字だもの。こんな事やってれば親会社がすぐに気付く」

親会社が武器の発注を受け、その発注分木下へと運ばせたとなればもちろんこのデータもなかった物とされる。
警察や治安維持隊などの介入があったとしても、データを改ざんしてしまえばわからない。
実際の発注先は武器の受け取りをしていたのかどうかも、すでに調べられているだろう。
それでも裏が取れないのであればよほどデータ改ざん等に長けているのか、若しくはもっと別の大きな力が関わっているのか。

「そこはまだ調べない。でも、もし必要になったなら手をつけるけど。とにかく、今は木下のデータのもう少し詳しいのが知りたい所ね」

しかし、調べるにしても背後にいるものが何者であるのか。その姿を掴む事ぐらいはしなければ何もわからない。
だからこそ相手からの動きを期待してわざわざバレるようなやり方をやったと言うのに、動きが見れなければ意味が無い。
「なかなか尻尾を出してくれそうにない」と呟きながら、背凭れへと体を預け天井を仰いだ。
そのまま後ろを振り返ればちょうどシャワーから出てきた維月が立っていた。
どうやら話は一通り聞いてはいたようで何かを問い掛けるような事はしなかった。ただ中条が言わんとする事を理解してか、あからさまに溜息をつく。

「アポ無しで木下社長へもう一回面会して来いってか?」

「裏には裏のルールがある。それが分かっていないような奴には、お仕置きが必要でしょう?」

笑みを浮かべて言われた中条の言葉に、シャワー上がりだと言うのに維月は寒気を覚えた。
時折、中条の笑顔は恐ろしいほどに説得力があったり、人を黙らせるような雰囲気があったりなど多様であり
何度となく維月は中条はけして怒らせてはならないと自分に言い聞かせてきた。
そして今もそうである。

「じゃあ、侵入経路を説明しましょうか」

維月の怯んだような態度に意も解さず、稜々谷はテーブルの上にダクトの全体の配置図を広げ説明を始めた。






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