藤色簪






たまには外で会ってみようなどと、一体誰が言い出したのか。



「俺だ・・・。」

「どうした?」

隣で茶を啜る政宗の言葉になど気を止めず、ただ下を俯き頭を抱えていた。
いつも、互いに相手の居城に行って会うばかりで正直、幸村は少々つまらなかったので政宗が来た際
たまには外で待ち合わせてみよう。などと、以前に言った事が今回の始まり。

街道にある茶屋が、なかなか落ち着けて良い場所だと告げたのは幸村。
ならばそこにしようと賛同したのは政宗。

互いに忙しい日々を送り、やっと会える日を決め、今日がその日。
茶屋で待っていれば暫くして聞こえた蹄の音。
疲れているだろうと、隣に座れと行動で示したのだがしかし政宗は幸村の前に立ったまま。
一体何だと顔を上げれば横髪に何かを通された。
触れてみようとして、身動きを取れば少し小高い音が耳元で響く。

「ま、まさ・・・・。」

「土産だ。」

どうやらそれは以前、祭りで見かけた藤の簪なのだろう。それは今、幸村の横髪を彩っている。
湧き上がる怒りは確かにあれど、ここで声を荒げてしまえば嫌でも注目を集める。
出来ればこのような姿を、上田で晒したくなど無い。
それを外そうと手を伸ばしたのだが、その手は政宗が掴む事で途中で止まってしまう。

「なにを・・・」

「それをつけていろ。せっかく貴様に似合うと思って買ったんだ。
 俺が居る間だけでも着けておけ。」

「冗談を。」

「本気だ。」

付き合っていられないと、空いている手で外そうと試みる。
しかし取る前に、今度は軽く口付けを落とされた。

「こ、こんな所でっ・・・!」

何をするのかと言おうとすれば、視界に映るのはいつもの笑みを浮かべた、政宗の余裕ある顔。
これ以上、何かをされては困ると結局大人しくそれをつけている事にした幸村は黙って座っている。
幸い今の政宗の行動を目撃したものは誰も居ないらしい。それが唯一の救いである。

「だいたい、つけておかずとも・・・。」

「自分の贈り物を、好いた相手が身に付けているのを見るのが、楽しみで来たのだからそれぐらい構わんだろう。
 それとも、俺からの贈り物は受取れんか?」

何とも卑怯な物言いをすると、思いながら口を閉ざす幸村の表情は苦々しい。
大体ここは上田の地。己を知るものが居るだろう。
こんな情けない姿を、もし見られでもしたらどうすれば良いのか。
外でなく、いつもどおり屋内であれば気を使う事など無かったのに。

若干、頬を赤らめて俯き茶を啜りながら幸村の思考はただ、簪を挿された事への不満ばかりで
しかし簪が送られた事への不満は何故だが、一切浮かんでは来なかった。


「卑怯者。」

「憎まれ口を叩く貴様も、可愛げがあっていい。」


何を言っても聞きなどしない。
分かりきった事だと、ただ幸村はずっと下を俯いたまま、せめての反撃に一言呟いた。
しかしそんな事を言いつつも、その顔はこの上なく真っ赤だったようだが、それに政宗が気付いているのか否か。
それは本人のみぞ知る