呻、号 (うなり、さけぶ)






眼帯で覆われたその右目に、触れて良いのか否か
考えはするものの、聞けるはずも無くただ、幸村の視線はそこに釘付けになる。
視線に気付いている政宗も、問うて素直に答えるわけも無いと思い、あえて聞く事はせずに放置してもう一刻。

「俺の、右目が気になるのか?」

さすがに、外される事の無いその視線がそこまで続けば、政宗も黙っていられるわけじゃない。
問えば幸村からはやはり、何も返答は無く、変わりに顔を軽く背けるだけだった。
すぐに返答があるものとは初めから、期待はしていない政宗は幸村へと手を伸ばす。
突然の政宗の行動に、驚き身を引こうとするがそれより早く、手をつかまれた。

「右目に、触れたいのか?」

何故分かったのだろうかと、思えば政宗は相変わらずの人を食ったような笑みを浮かべる。
右目が景色を捉えぬ代わりに、人の心でも読めるというのだろうか。
そのような戯言、きっと政宗ならば悪びれもせず言ってのけるだろう。

「貴様は、顔にでやすい。」

眼帯を外し、剥き出しになる右目周辺。生々しいまでの傷痕は、陽光の降り注ぐ下に容赦なく露にされる。
見た事が無いわけではない、何度か見たことがあるのは確かだ。
だからと言ってけして、見慣れる事は無いだろうその傷痕は、あまりにも痛々しい。
息を詰めるようにしていた幸村は、知らず口の中に溜まった唾液を一気に飲み込む。
喉がゴクリと音を鳴らして動き、そこに突然政宗は文字通り、食らいついた。

「痛っ!!」

驚き、空いた手を振れば高い音が一つ鳴り響き、ハッとして見れば目の前には幸村に顔を叩かれた政宗が
大して気にした様子が無い面持ちで、ニヤリと笑って見せた。
振り抜いた手を掴まれ、右目へと押し付けられなぜかその行動に、恐怖を覚えた。


「幸村。」


掴まれた手が震え、離してくれと言いたいのに言葉が紡げない。


「傷を。」


更に強く、押し付けられる。その反動で爪を立ててしまった。
ガリッと、爪と肌の間に嫌な感触が響く。


「俺が自らつけた傷の上に、お前が傷をつけろ。
 今の俺が、俺であるこの証に。」


--そしてお前が、俺のものだと言う証として。


囁くように、呟くように。放たれる言葉が鼓膜を刺激する。
呻りあげるよう、低く何処までもその心に響き渡るのは政宗の言葉。
低い音はより強く、重く。心臓を跳ね上げる。
まるで政宗の言葉が呪文のように聞こえ、ゆっくりと。確実にその右目へと爪を立てていった。

どれだけ強くすれば、痕が残るだろう。
どれほど強くすれば、証が残せるだろう。

思いながらもその手は容赦なく、そこへ傷をつけた。
小さいがそれでも確かにつけられた傷に、政宗が指を這わす。
微かに滲んだ血を指先で拭い、紅を引くように唇へと赤を彩らせ、軽く口付けた。



心に響く、呻声は号びへと変わる。



誰もが触れられぬ、不可侵領域へと己は傷をつけたのだ。
傷痕を。
それはどうしようもない、高揚感を生み出す。


号ぎあげるその声は、あとからあとから湧き出て。
それにもし名をつけるのならばたった一つだろう。



それは。



独占欲