形有る物






緑の葉が生い茂り旅人が利用する街道。
少し山に入ったそこには最近、山賊が出ると噂され近頃では旅人は、その道を避けていくのだが
それでも他の道を行くよりも、街道を通った方がはるかに時間は短縮される。
大丈夫であろう、という気持ちもあり利用する者は少なからずまだ居る為、被害のほうも減ることがない。

そんな中、藍色の着物を着た旅人風の出で立ちをした女性が一人、笠を深く被り大きな岩に腰を落ち着け水を飲んでいた。
背後に忍び寄る山賊の気配に気付いて無いのか、まったく動く気配が無い。
ガサリと草が鳴り初めて、背後に山賊が迫ってきた事に気付いたのか、岩から立ち上がりそこから離れようとするのだが
山賊の一人が伸ばした手が運悪く女性の腕を掴んでしまう。
茂みから現れた山賊の数は3人。皆、下卑た笑いを浮かべて女性の逃げ道を無くす様に立つと、腕を掴んだ男がお決まりな台詞を吐いた。

「おい、命が惜しければその身包みと荷物、全部置いていきな。」

女性は竦み上がってしまっているのか身動きも取らず、ただ頷き返す事しかできない。
肩に背負った荷物の紐を解き地面に落すと、一人がそれを掴み持ち上げようとしたのだが女性は突然、自身の帯を掴むと勢いよく引き着物を脱ぎさり
山賊達目掛けてそれを叩きつければ、突然の女性の反撃に驚き身を引いてしまう。
被ってしまった着物を乱暴に剥ぎ取り、女性へと怒りをぶつけようとしたのだが、目の前に立って居たのはおよそ女性とは言い難い。

「な、なんだてめぇ!」

「どうした?言われたとおり荷物も身包みも渡したではないか。」

勝ち誇った笑みを浮かべ、まるで嘲うかのようにしてそこに立っていたのは幸村。
相手が女ではないと知り、次には自分達が騙されたと怒り心頭の山賊たちは、相手の正体などどうでもいいのだろう。
やはりよく吐かれる台詞を辺りに響かせながら、男達は幸村へと襲い掛かる。
まるで猪のように突進してくる男達をひらりひらりと、葉のような身のこなしで避け背後を取ると突然、頭上の木から落ちてきた愛用の槍を手にして構え。

「これ以上の狼藉、この真田源次郎幸村が捨て置かぬ。」

「な・・・っ!?」

突きつけられた槍の刃の鈍い光に照らされた、幸村の紫暗色の目がギラリと光る。
名を聞いた山賊達は驚愕の表情を浮かべ一歩、二歩と下がるのだが逃げる事など、勿論幸村が許すはずも無い。
一歩大きく踏み込み、手前に居た山賊の一人を槍の錆にしてしまう。
仲間が一人倒れた事によって恐怖と共に、怒りが再び湧き上がってきたのだろう。持っていた獲物を引き抜き構え、幸村へと斬りかかる。
怒りに任せた一撃を軽い身のこなしで、右へと避けた幸村は槍の柄の部分を振りかざし、男の持つ獲物を叩き落した。
瞬間的に怯んだ隙を狙い、槍を回転させそのまま再び振り下ろす。
男の体を貫き絶命した事を確認する間もなく、槍を引き抜こうとしたのだがその前に残った山賊の動きの方が速く
背後で刀を振り上げた山賊の姿が、幸村の視界に映った。だがその刀は幸村へと振り下ろされる事は無く、振り上げた体勢のまま山賊は絶命した。
手から音を立てて地面へと刀が落ちた後、その体も崩れ落ち背後から姿をあらわしたのは佐助。

「すまない。」

「いえ。元よりこうなる事は、予想できておりましたので。」

淡々とした口調で幸村へ返す佐助は、持つクナイの血を拭い取る。
改めて幸村も槍にこびり付いた血を拭き、先ほどまで着ていた着物や持っていた荷物をまとめ始め、その傍ら山賊の後の処理と
他に仲間がこの辺りに居ないかどうかを調べあげろと、佐助へと指示を出した。
「御意」と無駄の無い返事をし、他に待機していたのだろう数名の忍びを呼び出し、その場ですぐに指示を出し行動に移す。
幸村はこの場の後処理は佐助たち忍に任せ、己は城へと戻り昌幸へと山賊の事を知らせに行かねばならなかった。
素早く荷物を纏め上げてそこから去ろうとした幸村に、背後より佐助が声を掛けその足を止める。

「幸村様、こちらをお忘れです。」

「・・・・、」

佐助が持っていたのは先ほど、扮装してた際に着けていた藤の簪。
それを見てなんとも言い難い、一番近しい物で例えるなら苦々しいと言うのだろうか。そんな複雑な表情で暫く簪を見つめていた。
しかし佐助も特に手を引くわけでもなく、幸村の後の出る言葉や行動によって、どうするか決めているのだろう。
結局それを受け取り、内心何処かへ捨ててしまおうかなどともお思いながらも、懐へとしまいこむ。

「余計な事を・・・。」

簪を受け取ったところですでに、素早く身を消した佐助。聞こえぬか否かは関係なくただ、今はそう言わなければどうにも、心が落ち着かなかった。
一度懐に手を当てて、すぐに離す。踵を返し歩き出した幸村は結局、城に帰った後やる事を終えたところで、やっと簪を懐から取り出した。
自室の真中に座りその手で鮮やかに咲く、藤の花を模した簪をくるりと軽く回し見る。

「要らぬと言ったのに・・・。」

いつしか政宗に、藤の簪が良く似合いそうだといわれた事があった。
もちろん本気であろうが冗談であろうが、男の己に其れは無いだろうと怒りを露にしたことも覚えている。
しかしまさか本気でこんなものを贈り物として、しかも直接手渡されるとは思っては居なかった。
おかげで妙に捨てるに捨てられず。結局はこうして不可抗力であるにせよ、つける事となってしまったのだからどうにも腹立たしい。

「大体男の俺に、簪が似合うなどと・・・。」

本人に言った所で柳に風。どうにも一般論や柵に捕らわれない気質な所為か、こちらの言い分など聞くようで聞かない。
今となっては諦めた事であり、今更本人にどうのこうのと言う気は無いのだが、それでも文句は口からいくらでも漏れる。
気付けば溜息までつく始末。このままでは眉間の皺が癖になったりもするかもしれないと、最近はその辺りが心配でしかたが無い。

「幸村。」

いい加減持って見つめているのも馬鹿馬鹿しいと思い、簪を置こうとした幸村へと信幸の声がかかった。
振り返り何かと返事をすれば。

「何か良い事でも合ったのか?
 最近では珍しいほどに、笑顔が浮かんでいたぞ?」

問われて。それでも幸村にとってはなんとも理解しがたい言葉であった。
自分が、笑っているなどと。まったく自覚が無く、しかし言われてみれば口元に笑みが浮かんでいた事に、そこで気がついた。
信幸はそれ以上何を言うでもなく、幸村が固まってしまったのを見るとそのまま自室へと戻ってしまった。
それは気にせずただ、幸村の中では一体己の中の何が、そんな笑みを浮かべさせたのかと考える。
だが答えなど探す方が馬鹿らしいほどに、すでに分かっていた。それでも認めるのは、正直悔しい。

「・・・・この事、政宗公に知られたら一体、何を言われるか・・・。」

言いつつもまた、口元が笑みの形を刻む。しかし先ほどとは違い、それは自らの意思で。
要らぬとは言うものの、結局はなにか形有る物を貰えた事に、女々しいながらにも嬉しい気持ちは確かにあるらしく
しかし正直になれない辺りがやはり、己なのだとも思った。

「今度は、俺からなにか贈ろうか。」

どうせならば政宗の気に入るもの、というものではなく。自分の気に入ったものでも贈ってみよう。
ほんの少しの嫌がらせも含めて。

「誰が素直になってやるものか。」



次に会う時が楽しみだと思いながら、誰にも知られぬようにその簪をそっと、大切に仕舞った。